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エスタロンモカ120錠

※ 画像:2点以外オリジナル

エスタロンモカ錠(画像はネットより)
エスタロンモカ錠(画像はネットより)

救急搬送


2023年7月24日21時半、カフェイン錠を致死量120錠服用し、救命救急を経て、ICU※(集中治療室)へ。

ICUに3泊し、27日退院。 自死を企てたのは中学2年以来。 今後はない。 二度とない!(がんばる)


救命救急とICU※


身体がつらかった。

一番きつかったのは、24日、深夜。 救命救急の処置をされているとき。

全身を火で炙られ、手足をもぎとられるかのように感じた。

「(わたしに何するのよ!)た、助けて」

と声をふりしぼったところ、

「いっしょうけんめい助けています!!!」

と口々に。

そりゃそうだ…。


ICUのベッドで、全身が硬直したときもきつかった。

顔、手足など、身体全体が、つった。 医師や看護師らに囲まれて、

「松石さん、手を握れますか?」

「目に光を入れますよ」

など声をかけられるのだが、わたしは何も言えず、何もできず。

目は「ギョロ!」と大きく見開いたまま、目玉を動かすことはできない。 でも、見えていたし、聞こえていた。

このまま死ぬのかなと、思った。


手足がずっとしびれていた。 今は薄緑だが、手の甲に浮き出た静脈がどす黒かった。

眠れずに吐いていた。

胃の中のものが何もなくなっても、吐いていた。

普通の呼吸ができず、はぁはぁはぁ、と、吸うのも吐くのも口から。

鼻で吸えば酸素が来るのに、鼻では呼吸が間に合わない。

暇だとか退屈だとか、それどころではない。

具合が悪いということはこういうことなのだなと思った。

精神科の医師から

「それが自分で自分を殺(あや)めるということです。死んでしまうところだったかもしれないのですよ」

と諭された。


※ICU(Intensive Care Unit)(集中治療室) 病院内の施設の一種。重篤な急性機能不全の患者を24時間体制で管理し、治療を施す。濃密な診療体制とモニタリング用機器、ならびに生命維持装置などの高度の診療機器を整備している。(Wikipediaより抜粋)

チューブだらけ

in Illustrator
in Illustrator

わたし用のパソコンが3台。その他のモニターがいくつか。 身体のあちこちがチューブと繋がっていた。合計9本ほど。 点滴は、左手首と首の付け根の二カ所。 左手は、点滴が抜けないよう、指の関節から手首までがっちり固定(ますますしびれる)。 手首の点滴ラインの三方活栓(コック)から、頻繁に採血。カフェイン濃度の確認のためとのこと。

手首サポーター(画像はネットより)
手首サポーター(画像はネットより)

指先には、パルスオキシメーター。本体とケーブルでつながっており、動脈血酸素飽和度と脈拍を測定。これもしびれる。

パルスオキシメーター in Illustrator
パルスオキシメーター in Illustrator

左腕には血圧計。1時間毎の正時にブゥイーンと腕を締め付けて測定。

血圧計 in Illustrator
血圧計 in Illustrator

両足ふくらはぎに、医療用空気圧マッサージ器。血栓防止のためとのこと。 慣れると気持ちいい。

in Illustrator
in Illustrator

胸に心電図電極パッド。

心電図電極パッド in Illustrator
心電図電極パッド in Illustrator

尿道カテーテル。

尿道カテーテル in Illustrator
尿道カテーテル in Illustrator

鼻カニューレで酸素。


鼻カニューレ in Illustrator
鼻カニューレ in Illustrator

3日目にあれこれ卒業し、4日目退院


3日目。 尿道カテーテルを卒業。 ペラペラの布の切れ端のようなものでおおわれていたが、卒業。 まともな上下のパジャマにお着替え。おむつもパンツ式に。 左手首の点滴&サポーターを卒業。

首の点滴以外の管をペコペコはずし、看護師さんと一緒に、車椅子でトイレへ。 戻って再び、管をペコペコと装着。

昼、はじめての食事。

4分の1くらいをゆっくり食べた。

首の点滴をひきずって、看護師さんと一緒に、歩いてトイレへ。

ほとんど吐かなくなり、吐き気止めの点滴を卒業。

気持ち悪くならず、はじめて眠れた。

4日目。 管をすべて取り外し、持ってきてくれた服を着て、夫と退院。


あの日、7月24日のこと


死にたいとラインし、言葉でも伝えたのに、夫はそれを無視。

「クスリを飲むね」

と言ってもシカトされ、衝動的に飲んだ。

こんなに悲しくて、絶望しているのに、唯一の味方だと信じていた夫からも拒絶され、 「死んでしまうのがいいんだな」 と思ってしまった。

「致死量を飲んだよ」

と言ったら、やっと反応。

夫はパニック。

「どうせ悪いのはオレでしょ。オレが死ねばいいんでしょ!」

とわたしの安定剤をプチプチ出して、飲もうとした。

「それは、何千錠も飲まないと死ねないよ」

と伝えた。 厳密には致死量にならないという意味で、「致死量=死ぬ」ではない。

夫が錯乱していたので、自分で救急車を呼んだ。


救急車を呼ぶなんて、矛盾している。

誰にも言わず、ひっそりと死んでしまえばよいのにね。


119に電話をしたのだが、警察も来た。

「どうしましたか?こういうことははじめてですか?」 などとドヤドヤと。

警察と消防が来たら、夫はパニックから復活し、冷静に状況を説明していた。

どや顔で、クスリの名前や錠数などをこと細かく説明し、クスリ手帳などを渡したり、かかりつけ医のことを話したり。

わたしのSOSを無視し続け、その後は大混乱を起こしていたのに、それがもう「普通の人」みたいに対応できているのだ。いざとなればできるのだ。

夫にとっての「いざというとき」は「わたし」ではなく、これなのだ。


わたしがクスリを飲んだ直後にパニックになっていた夫。

致死量を飲んでしまった!という状況も尋常ではなく、その精神状況下で、夫のパニックな映像はインパクトが強すぎだった。 そして、別人のように、消防の人たちに対応。

その2つの様子が交互にフラッシュバックし、ICUで吐いていた。 思い出さないように、歌や映像を繰り返し、繰り返し、脳内でリピートさせていた。 歌は「潮騒のメモリー」。映像は「沖縄の海 in PowerDirector 365」。


夫と反省会


夫とうちでたくさん話をした。

お互いにお互いを守ろうね、と約束した。

「パニックになったら、デパス0.5mgを飲んで30分、深呼吸しようね」

と決めた。 ICUで精神科の先生も、

「エスタロンモカ(カフェイン錠)を飲まずに、デパスを飲みましょうね」

と、言っていた。

安定剤に頼ってよいのだ。頼るべきだ。


希死念慮


希死念慮は中学生のころからずっとある。

中学のとき、バファリンを1箱飲み、翌朝吐き戻した。誰にも言わず、そのまま学校へ。


「生まれてきてよかったのだよ」

と、自分を許せるようになりつつある。

「そういうときはこうするのよー」

と笑い飛ばしてくれる女医さんに、最低限のクスリを処方いただいている。

認知行動療法を自分で行い、認知のゆがみを自己修正する訓練をしている。

がんばっている。

がんばっていたのに。


子守歌を今夜も歌う


人間でない自分は

死に物狂いで人間のフリをする

しくじった汚点が夜ごとフラッシュバックする

こと細かく

これでもか、これでもかと

振り払っても振り払えず、眠れずに

お亡くなりセットに思いを馳せ

いつでもあちらに逝けるからね

と子守歌のように慰めて

やさしい眠りにつく


そのお亡くなりセットを1つ

衝動で使ってしまった

致死量のカフェイン錠を一気飲み

120錠をバラで小袋に入れてあったのさ


カウントダウンはされていた

SOSも処々に発せられていた

しかし叶わず

気づけば救急車の中

救命救急センターを経て

ICUで3日3晩

地獄のような苦しみと後悔

今は後悔しかない


退院し、こころとからだ

薄皮を一枚、また一枚はぐように

生気を取り戻しつつある


そしていつもの日常が続く

お亡くなりセットは1つ減ってしまったけれど

子守歌を今夜も歌う


自死は死ねない


自死は、ハードルが高いです。

確実そうに思われる轢死、飛び降り、首吊りなどであっても、助かってしまう可能性も高く、絶望的な痛みの中、悲惨な残りの人生を送ることになります。

苦しみと後悔の中、一生病院の天井を見て過ごしたいのでしたら止めません。 自死も叶わず「殺してくれ」とベッドでうめく日々を送りたいのでしたら、どうぞ。


※ 相談窓口:いのちSOS (NPO法人自殺対策支援センターライフリンク)

 

自死は絶対にアカン


救急搬送された日。

夫は「死ぬかもしれない」と言われ、深夜2時に帰宅。

家で待機し、15分の面会許可が下りたのは、3日目だ。

この状況はわたしには無理だ、と思った。

きっと、ICUの前で座り込んでずっと泣いている。

看護師さんらに「お帰りください」と言われ、怒られ、追い出され、それでも、植え込みの中などに隠れ、泣き疲れて眠りこけ、見つかっていなされて。

しまいには警察沙汰になって?、パトカーで強制送還され?

家で連絡を待つなんて、わたしには無理だ。

いつ来るのかわからない、どんな内容なのかわからない、そんな連絡をじっと待つなんてこと、わたしにはできない。

夫はどんなにかつらかったことだろう。

ずっと自分を責めていた、と言っていた。

本当に、、、本当に申し訳ない。

ましてやそのまま逝ってしまっていたら。

夫は深い痛手を負ったまま、一生自分を呪ったことだろう。

自死とはそういうことだ。

絶対アカンやつだ。

絶対に、絶対にアカン。


死にたい。死にたい。死にたい。

でも、アカン。アカン。アカン。

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